
—小紋とは江戸時代より武士に好まれた染めのことであり、武士の礼服「裃(かみしも)」にも用いられ、微細な柄は近くに寄らなければ分からないほど、繊細なものです。いつ頃から、その世界にいらっしゃるのでしょうか?
小学校6年生のときからですね。先代の小宮康助(こみやこうすけ)(1955年に重要無形文化財保持者に認定)が興した板場に入りました。
—板場というのは、小紋染めが行なわれる場所のことですか?
はい、その通りです。先代が興した板場は、もともと浅草にありました。それが関東大震災で全焼しまって、小紋に合う水を求めた。以来、約80年後の今も、葛飾の荒川と中川が合流するこの河川の近くにおりますね。
—小紋というのは江戸時代からこれまでの伝統、そして先代を受け継ぎ、変らぬ技術でやってこられたのでしょうか?
それが、そうでもないのです。私は色褪せない染色にともかくこだわりました。それには訳があってね。親父とお袋と成田山新勝寺へお参りに行ったことがあったんです。あれは、私が20代中頃だったかな。春先の晴れた、天気の良い日でした。お袋は色無地の羽織を着ていた。それで、ひとまわりして帰ってきたら、色が日に焼けて着られなくなっちゃった。そのとき思ったんです。いくら立派に染めても、色が焼けたら無価値になる、と。それで、色褪せない染色を作り出すために実験を重ねました。

—その色褪せない染色の実験というのはどんなことをされたのでしょうか?
当時の合成染料をかったぱしから試して、日光にさらすという実験を数年やりました。色が焼けない染料を見つけるのが大変だったね。ともかく試行錯誤した。当時の防染剤(ぼうせんざい)には問題があり、どうしても小紋の中に色が入ってしまう。もう駄目かなと思いかけていた矢先、ひいきにしていた染料屋が「色止め剤を防染糊(ぼうせんのり)に入れてはどうか」というヒントをくれたんです。試してみると、色がにじまない。さらに透明感のある色が出てきてね。目の前が開けたような瞬間だった。
—副産物として透明感のある色になったということですが、それはどのような色なのでしょうか?
色にはね、集めて重ねると黒になる色と無色透明になる色の2種類がある。自然の色、たとえば海の色。空の青とかね。木々の緑、カラスの濡れ羽色などは2つの色が混ざっている。そこに七色の太陽光があたると、輝きをもった鮮やかな色になる。そんな色が出てきたのです。

—もしお客様が日光に弱い染め色で作ってほしいと言われたらどうされるのでしょうか?
それは、もちろん、断るね。お客様に対しては嘘をつきたくない。たとえ、お客様は染めてある色がなんという色かはわからなくても、感覚的に色のイメージを覚えているんだね。“さわやか”とか“鮮やか”とかね。そのイメージが変ったと感じると、“古びた”と思って着なくなる。古い、汚いと感じる。色が褪せて着なくなってゴミにされたらもったいないでしょう?
—良い型紙があれば良い小紋が生まれ、良い着物ができると聞きます。型紙職人が減ってきているという問題について伺えますか?
小紋染めの柄は、一枚の型紙から生まれるんだよ。型紙は“型彫り師”と呼ばれる型紙職人が、技術を駆使して作る。でもね、最近は小紋染めを手作業でやる職人も減って、型紙職人もそれで減ってきてしまっている。それが、問題だと感じている。伝統というのは人から人へつながっていくもの。品物がつながっていくわけじゃない。例えば、私のところには一生分の型紙がある。一生かかっても使いきれないかもしれないくらい。でも、古い時代に作られた型紙なんて使わない方がいいんだよ。この時代の型紙職人がつくった新しいものを使うこと、それが伝統になる。生きて流れていかないと、伝統が終わってしまうんだよ。
—着物は、親から子供、そして孫へ受け継いで着ることができます。
そうだね。体形が多少変わっても着られる。着付けで調整できるからね。子供用は、肩上げや腰上げで子供の成長にあわせて着られる。でもね、色褪せてしまったものを、子供や孫に譲る親はいないでしょう? 着物は100年、200年後まで残る。そんな色を作り続けたいね。
―どうもありがとうございました。
* 本記事は2007年11月に行った取材をもとに再構成したものです。


小宮康考 Yasutaka Komiya
1925年、台東区浅草で生まれる。1960年、第7回日本伝統工芸展出品作「江戸小紋 蔦」が初入選。1961年、父・康助の死去により工房を継承。1964年、第11回日本伝統工芸展出品作「江戸小紋着物 十絣」で奨励賞を受賞。1977年、東京の百貨店にて「小紋百柄展」開催。1978年、父に続き、江戸小紋の重要無形文化財保持者認定(人間国宝)。1985年、第1回東京都文化賞受賞。1988年、紫綬褒章を受章。1998年、勲四等旭日小綬章を受章。葛飾区伝統工芸士、名誉都民。
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