
*きゅう漆の「きゅう」の字は、「かみがしら(髟)」に「休」と書く。
—石川県輪島市の生まれということで幼少から輪島塗に親しまれていたのでしょうか?
いいえ、もともとは輪島塗にそれほど縁はなかった。ただ作ることは好きだったんです。無口な子供だったから、作ることに没頭できることが慰めだったね。そういえば、誰にもらったかは忘れたけど、大人の作った鳥かごを見て、私も小刀で竹を削って、見よう見まねで作ったりしていましたよ。
—輪島塗で名の知れた輪島市ということもあって、暮らしのなかに漆器づくりがとけ込んでいるイメージがあります。
そうですね。職人の家に工房があるので、街全体が工房といってもいいほどです。私の家も自宅兼工房ですし。輪島塗の職人が多い理由の一つは、素地づくり、塗り、研ぎ、沈金、蒔絵と完全な分業制だからでしょう。
—最初、和家具店に勤めていたそうですね。
カンナやノミの道具の扱い、研ぎ方など学びました。刃物を使ったものづくりを仕事にしたいと思っていた。でも、家具はとにかく材料が大きい。重くてね。小柄な私が一生の仕事とするのは現実的でないと痛感しましたよ。

—そこから、別の道で人間国宝へ弟子入りされました。
沈金(ちんきん)の樽見幸作(たるみこうさく)師匠に弟子入りしました。修行は三か月間、朝から晩まで点彫りという作業を続ける厳しいものでした。漆器の漆面に沈金ノミで線や点を彫って、そこに金箔や金粉を埋め込んで文様にしていくのですが、結局、三年間の年期をまっとうしました。
—偶然にも、その間に「輪島市立輪島漆芸技術研究所」が開設され、小森さんは2期生として沈金科に入所されました。
そこでは、各分野の人間国宝が講師を勤めていました。技術の垣根を越え、師匠の技にふれ、漆芸の世界に没頭しました。一度卒業したのですが、新しく「きゅう漆科」ができたので、再び入所しました。塗りを勉強したかった。私は和家具を作っていたので、指物(さしもの)を作る素地はある。塗りを学べば、自分で全部を手がけ、自分の思想を反映させた作品を発表できる、そう思いましたね。
—その頃の講師は、赤地友哉(あかじゆうさい)氏、塩田慶四郎(しおだけいしろう)氏、増村益城(ますむらましき)氏など、人間国宝のそうそうたる顔ぶれだと聞いています。その後、人間国宝になられた小森さんですが、なるべくしてなられたというエピソードです。
いいえ。そうでもないのです。作家として認められるまでの道のりは険しかった。三十歳頃から漆芸作家として、活動を始めたのですが、作家として名をあげるため、日本伝統工芸展(文化庁他が主催する由緒ある展覧会)に出品し続けました。連続で6回落選。6回落ちて、7回目に入選しましたよ。入選、大賞をとるまでは、なぜ落ちるのか原因を考えていました。そのうちに、漆とは何か、漆器とは何か、深くものを考えていきます。すると、輪島塗の作家といわれている人は、一つの分野だけで表現していることに気づきました。漆器というのは、素地があり、塗りがあり、その上に模様をつけます。それで、藍胎と漆塗りを融合させて 、独自の制作方法に変えたのです。

—現在、6人の弟子をとられているそうですね。
実は、もともと弟子を取る気はなかった。私も卒業した漆芸研究所で、毎年卒業していく人たちの受け入れ先が、ほとんどないという状況を知ってからかな。最初は熱意のある一人をとった。そしたら、だんだん増えてしまってね。それと、ここ数年で輪島をはじめ業界全体が弟子をとらなくなってきている。このままでは技術が途絶えてしまうのではないかという不安があった。
—漆芸を志す人たちへアドバイスはありますか?
漆器の仕事はなくならないから、いい仕事をして自分だけのアンテナを立てておけば、仕事はやってきます。今は貧乏で食えなくて苦しくても、修行に励んでほしい。あと10年経ったら君たちの時代が来る。本当にそう思っています。私がそうでしたから。
―どうもありがとうございました。
* 本記事は2007年11月に行った取材をもとに再構成したものです。


小森邦衛 Kunie Komori
1945年、石川県輪島市に生まれる。本名・邦博。1970年、漆芸職人として独立。1977年、第24回日本伝統工芸展入選。1986年、第33回日本 伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎喰籠」でNHK会長賞受賞。2002年、第49回日本伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎盤『黎明』」が日本工芸会保持者賞を受 賞、文化庁が同作品を購入。2004年、第14回MOA岡田茂吉賞工芸部門大賞を受賞。2006年、重要無形文化財きゅう漆保持者認定(人間国宝)。 石川県立輪島漆芸技術研修所主任講師、社団法人 日本工芸会理事・石川支部幹事長。
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